宮城県の伝統工芸品

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仙台市の七夕祭り

 

毎年8月の初めに行われる有名な七夕祭りは不景気を吹き飛ばそうと

昭和2年商家かの有志が復活させました。

 

大きな豪華な飾り付けをされるんが 特徴です。

 

一番町や中央通りなどのアーケード仙台駅周辺、商店街周辺、 店頭、

家など至る所に飾り付けがされて たくさんの人々が訪れます。

 

まだ行ったことがないのですが、実際にたくさんの飾り付けを見ると

感動するでしょうね。

 

東北三大祭りの一つになっています。

 

鳴子こけし

 

 

江戸時代末期 宮城県の名湯 鳴子温泉などの温泉地で湯治客のおみや

げ物として こけしが作られるようになったと言われています。

 

首を回すとキイキイとなるのが特徴です。

 

こけしの素材は、みずきの木で秋口から伐採し 一年間寝かせ 乾燥さ

せロクロを回しながら削り 描彩 ろう仕上げ やっと完成です。大き

な頭と細い首、胸元には菊の模様が特徴です。

 

宮城県内には、鳴子こけしのほか 作並こけし、遠刈田こけし、弥治郎

こけし、肘折こけしの5つの伝統こけしがあります。

 

これらをまとめて宮城伝統こけしと呼び、

国の伝統的工芸品に指定されています。

 

親戚の家に行ったとき ガララスケースの中やタンスの上に飾ってあっ

たことを思い出しました。

穏やかな顔だち、優しい目、なつかしい思い出です。

 

次は、和紙についての話です。

 

白石和紙

江戸時代に 入ってから 藩祖の伊達政宗が、こうぞの植え付けと紙の

生産を奨励したため 領内各地で製糸業が興った。

 

白石の和紙は、全国的な名声を博し特産品として伊達家から幕府、

朝廷への献上品とされました。

 

慶長遣使節の副使であった支倉常長がヨーロッパに持参したのが

白石和紙であったといわれています。

支倉常長は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将で

桓武天皇を祖先とする血筋で伊達家の家来として活躍した人なんです。

常長がヨーロッパに持参した白石和紙は手のひら大で絹の布のような

薄さであったそうです。

 

その時代にはヨーロッパの人たちには、珍しい紙だったんですね。

 

松笠風鈴

1781~1789年ごろ仙台藩主から音色の良い風鈴を依頼され庄衛

門が試行錯誤の末 創作し献上したのが始まりと言われています。

松笠風鈴は、鋳物の表面に虫が食いつぶしたような無数の穴を模様に

していて銑鉄と砂鉄で作られています。

鉄の配合などの製法、技法は、江田家の一子相伝、

門外不出の秘伝となっています。

 

風鈴の音色は、ひとつひとつ手作りのため微妙に異なり、

余韻の美しい音色で心癒さされますね。

 

玉虫塗

漆器は、高価で手入れが大変、伝統工芸品なら なおのこと日常使いに

は向かないと思っている人が多いのではないでしょうか。

そんな人にこそ使ってほしい漆器が玉虫塗です。

鮮やかな色漆と光沢が特徴の仙台を代表する工芸品なのです。

よく見ると銀粉が浮かび上がり 光の当たり具合で色調が

微妙に変化する。

この様子が玉虫の羽に似ているので玉虫塗と名付けられたそうです。

玉虫塗は、昭和初期 仙台にあった国立工芸指導所の所員だった漆芸家

小岩峻によって発明された。

漆の伝統的技法の下地の器に銀粉やアルミニュームを蒔き、

その上に染料を加えた透明な漆を吹き付けて仕上げる近代技法の融合で

輸出用に外国人の好みに合う色合いを出す革新的な技術を

完成させたのです。

 

仙台牛タン

工芸品ではないのですが、さて宮城県のおいしい食べ物が、

たくさんありますね。

例えば全国の人々の知られているのが牛タンですね。

仙台牛タン焼きの歴史のはじまりは、昭和20年 終戦直後の混乱期

仙台牛タンの生みの親「太助」の初代店主 佐野啓四郎が洋食料理の

中で使われた素材「牛タン」のうまさのとりこになり

「誰にも真似できない自分だけの料理を作りたい」との料理人魂の

必然的な欲求だったのでしょう。

そして試行錯誤の末 ついに仙台牛タンが誕生したのです。

コメント

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